50周年の歴代議長座談会は、単なる思い出話ではありません。10年前、40周年を迎えた東青協では「つなぐ」をテーマに、次の50周年を担う世代へ明確にバトンが託されていました。2027年、その問いに私たちはどう答えるのか。歴代議長と現役議長が、東青協の過去・現在・未来を率直に語ります。
40周年当時、青木允議長はこうした趣旨を語っていました。さらに実行委員からは、30周年に一参加者として出席した若手が、10年後には40周年を運営する側になった経験も語られています。周年は“見る側”から“つくる側”へ人が移っていく、世代交代の定点でもあります。
登壇者
40周年時の議長/「つなぐ」
「強く!楽しく!美しく!」
「よく学び、よく遊べ」
「FunCooLove」
「東青協は、GYM」
「響く、東青協」
40周年から50周年へ ― 「つなぐ」は本当につながったか
40周年は2017年3月11日、ホテルニューオータニで開催され、226名が参加しました。テーマは「つなぐ」。先輩から現役、現役から次世代へバトンを渡すことが強く意識された周年でした。
しかし、そこからの10年にはコロナ禍、デジタル化、支部再編、人材不足、生成AIの登場など、40周年時点では想像しにくかった変化がありました。
青木氏への問い:40周年で託した「つなぐ」は、この10年で本当につながったのか。逆に、途中で失われたものは何か。
「未来よし」 ― 青年会は未来を考える場所なのか
今井氏は東青協で「強く!楽しく!美しく!」を掲げ、その後の全青協では近江商人の「三方よし」に「未来よし」を加えた「四方よしのデザイン」を提唱しました。コロナ禍では全国協議会をオンライン化し、従来とは異なる参加の広がりも経験しています。
今井氏への問い:青年会は未来を考える場所なのか。リアルで集まれない時代に失ったものと、逆に広がった可能性は何だったのか。
「集まれない青年会」を率いる ― 岩村期のコロナ禍
岩村氏の議長期は2020–2021年。新旧議員交歓会をZoomで開催し、定例会もリアルとオンラインの併用へ。人が集まることを前提としていた青年会が、存在意義そのものを問われた時代でした。
その後の全青協では「本業(じく)を変えない儲かリノベーション」を掲げ、課金ポイントや利益ロジックにまで踏み込みました。
岩村氏への問い:「いい話を聞いて終わる青年会」でいいのか。青年会はどこまで社業や利益に踏み込むべきなのか。
「FunCooLove」 ― 青年会の見え方を変える
村井氏は「楽しく・格好よく・愛される私たちへ」を掲げました。SNS動画、ChatGPT、ファッション、XR体験、TOKYO PRINTERS FESTIVALなど、東青協や印刷人の魅力を“外から見える形”にする企画が増えた期です。
村井氏への問い:「組合だから参加する」のではなく「面白そうだから参加する」。青年会そのものの見え方を変えたかったのか。
「東青協は、GYM」 ― 居心地の良さだけで終わらせない
小河原氏は、東青協を強い経営者になるために鍛える「GYM」と定義しました。知識、器、人間性、コミュニケーション能力を鍛え、仲間と切磋琢磨する場としての青年会です。
2025年の東青協サミットでは、支部再編後の青年会活動や組織の今後についても議論しました。
小河原氏への問い:青年会は居心地の良さだけでいいのか。仲間と本当に成長するには、どんな緊張感が必要なのか。
「響く、東青協」 ― 現役議長が歴代に問う

現役の飯島議長が掲げるのは「響く、東青協」。心に響く学び、仕事に響く持ち帰り、コミュニティに響くつながりを目指しています。
最後に歴代へ問うのは、「今の東青協に何が足りないのか」「変えてはいけないものは何か」「次の10年に何を託すか」です。
思い出話ではなく、本音を残す
当日は、一番楽しかったこと、一番大変だったこと、失敗した企画、議長を後悔した日、会社との両立、仲間に救われた瞬間まで掘り下げます。予定した質問をすべて消化することより、歴代同士の会話から「初めて聞く話」が出ることを優先します。
50周年から60周年へ
40周年の座談会では、30周年当時のiモードから10年後にはスマートフォンが主流になったことを例に、「さらに10年後は想像もつかない」と語られました。2027年の私たちも、2037年の東青協を正確には想像できません。
だからこそ、50周年時点で何を考え、何に悩み、何を残したかったのかを記録する。この座談会は、未来の東青協へのメッセージでもあります。